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2025年02月21日(金)更新

吉岡さんの友達

私の家の前に日本画家の吉岡堅二さんの自宅があります。染色家の吉岡幸雄さんは吉岡堅二さんの兄の長男に当たります。数年前吉岡堅二さんの自宅(将来:東大和美術館)に来られた時私の自宅にお立ち寄りいただきました。吉岡堅二さんのお家には若いころから何度も来られたとおっしゃっていました。

さて、ある時雑誌を見ていましたが、天皇・皇后両陛下が自宅を出発する写真が掲載されていましたが、両陛下の背景にある大きな絵は吉岡堅二さんの鶴の作品でした。見事に飛んでいる鶴の作品は迫力満点の物でした。以前聞いておりましたが、天皇家に飾られているとは素晴らしい事です。これも一度だけですが吉岡さんお自宅で開催された美術展で鶴の絵を見たことがありましたが、これは一羽でしたので天皇家のそれとは別の作品です。
吉岡さんの住宅は将来美術館になると聞いています。現在は東大和博物館が管理しています。年に二回、春と秋に作品展が開催されます。私立博物館の主催になりますが、多い時は500名を超える来場者があります。多くの市民や吉岡ファンの皆さんが期待しています。

旧吉岡邸で開催される美術展は博物館の職員の他、多くのボランティアの皆さんが参加されています。吉岡邸の100年住宅に興味を持つ人、吉岡さんの作品に興味を持つ人などがボランティアで参加されていますが、素晴らしいと思います。市民目線でいつも展示しています。お手紙や新聞の挿絵の原稿なども良く出てきます。昨年の展示の際、フランスへ渡る前の藤田嗣治が東大和の吉岡さんを訪ねてきたことも残されていました。広い交友相手を持つ吉岡さんの面目躍如といったところです。
 

2025年02月20日(木)更新

夏の暑さが売り場を変える

寒波の襲来は日本海側の日々の生活を変えています。今朝のニュースでは青森酸ヶ湯が5m近く、新潟津南が3m以上ありました。久しぶりの大雪になっています。

インパックは園芸品を取り扱っています。先日のSMTS(トレードショー)の中でもインドアの園芸品を展示していたのはインパックだけでした。その意味では少なからず来場された皆さんに興味を持っていただきました。インパックにおける園芸品はチャコプランツと言います。チャコプランツの用土はチャコボールと言います。チャコプランツはサイズは12㎝ほどの容器に高さは10㎝から15cmほどの植物が植えられています。これらは小品盆栽の一回り大きいとお考えいただいていいと思います。価格は1,000円から2,500円ほどで樹種により価格は異なっています。これから大事なことはヒット作を出すことと考えています。私が申し上げるのもおかしいのですが、仕上がりの品質の良さは部屋のどこに置かれても恥ずかしくありません。今一歩のところです。

以上のような室内園芸の商品は様々出ていますが、現在外の商品、苗もの、鉢物は中々伸びが出て来ません。この様な外周りの商品は春から夏にかけて本番となりますが、昨年の夏は暑過ぎました。多くの人たちは暑さを避け、庭いじりを避けてきました。結果関連商品が売れなくなったのです。多くんの園芸店は今年の方針を既に立てたようです。昨年までとは違った店になるようです。
私事ですが、50代のころから家内と共に庭を少しやってきましたが、最近は天候とは別に庭に座り草むしりをしたり、苗を植えたりすることが出来なくなりました。おまけに夏の暑さです。恐らく庭関係の商品が売れなくなってきたのは、夏の暑さの問題です。
 

2025年02月18日(火)更新

親戚の人たち

今年に入り義母の死に立ち会い、兄の死にも立ち会う事になりました。まだ母の姉妹も健在ですから如何にも兄の死は早すぎました。様々な事情から私は兄より長生きをしてはいけないにもかかわらず、先に兄を看取ることになってしまい心穏やかではありません。

今回の葬儀を通して考えたのは親戚の事でした。私たち兄弟の両親が僅かの間にこんなにたくさんの人達との関係を気付き上げました。
まずあるのは父の実家のある山梨小菅村出身の人たち、母の実家のある山梨韮崎の人たち、兄の奥さんの実家の信州の人たち、大きくはこの三グループに分かれました。当然と言えば当然ですが、食事をするときもバスに乗る時もいつも同じ人たちがグループを作っていました。また、本来知っているはずの人たちをいくら思い出そうとしても思い出せず、ついどなたですかなどと聞きに行く始末でした。恥ずかしい話です。
父の実家のいとこは早く亡くなり、その子供たちが来てくれました。そこにも沢山の思い出が詰まっています。小菅には二通りの行き方がありますが、最後はどちらも公共交通機関がなく終点から2時間は歩きました。とても山深いのですが、最近はそれがいいとのことで多くの人たちが出かけて来るようになりました。今では小菅村は誰でも知る場所になっています。

今回良かったことは母の実家のいとこが来てくれました。私の家に泊まってくれたのですが、お通夜の晩はいつまでも昔の話に花を咲かせました。今回いとこに泊まって欲しかったのは私が学校へ上がる前、彼の家にどれだけ世話になったか分からないからです。母の実家をよい事に、おそらく一年に4ヶ月はいましたから都合500泊以上厄介になっていました。今回泊まってくれたのは一晩だけでしたのでお返しにもなりませんが、気持ちは僅かでも晴れた気がします。次回来るときも私の家に泊まることを約束しました。

兄は今回沢山の思い出を残してくれ、更に多くの人達と再会させてくれました。
 

2025年02月17日(月)更新

変化の兆し

先週は展示会が幕張で開催されていました。私共はこの10年程連続で出店しています。展示会の名称はSMTS(スーパーマーケットトレードショー)です。大変人気のある展示会で新規出展は非常に難しい展示会です。
この展示会の主催者は一般社団法人全国スーパーマーケット協会ですが、多くのスーパーマーケットはこの協会の会員です。出展社はスーパーが販売する青物・果物・畜肉・乳酸品、飲料など多岐に渡ります。更に周辺産業の会社も参加されています。包材関連、ラベルメーカーなど設備メーカーも参加します。現在、野菜果物に関連しては輸入業者が多く見られます。また国産ものではイチゴが数多く見られました。単価も高い関係で出展者も力を入れているのでしょう。
さて、肝心なお花ですが、今年は少々変化の兆しが出て来ました。花を展示したのはインパックとあと二社ほどですが、一社は切り花輸入会社でした。数の上では大したことではありませんが、変化の兆しとは切り花輸入会社の存在です。背景として、卸売市場での品薄感やそれによる単価のアップが普通では無くなりました。噂話ですからあてにはなりませんが、今まで売り上げも利益もしっかり取る事が出来ていたのは原価が思った以上に安価に出回ってきたからでした。しかし今、そのような原体(切り花)はすっかり姿を消しています。さらに生産者の減少などが重なり、数量を減らしてきました。その結果、市場の卸売価格が高騰しています。更に花業界は花の価格が上がってもスーパーで販売される花の価格は同じです。ひと玉400円、500円のキャベツの様な現象は花ではないのです。いつも同じ価格です。
この様な中で花の輸入業者が動き始めました。すでに20年以上前からヨーロッパではアフリカの花が売られ始めました。アメリカではコロンビアでブーケにしてアメリカで販売されてきました。日本も古くからアジアの花で店頭を作る話がありましたが、中々進みませんでした。国産花きの状況にもよりますが海外の花を活用する時期が来ているようです。

それには今回のような展示会がピッタリなのです。本来であれば卸売市場が出ても不思議はありません。恐らく今まで卸売市場に販売していた輸入会社は恐らくスーパーに目を向けてくるでしょう。
 

2025年02月06日(木)更新

売れないのではありません!

今朝はやく、先週行われたペガサスクラブの研修に参加した役員と話をしていました。
そこで聞いたのは広島のスーパーマーケットの社長様とお会いし、何とか花を商品の中心の一つにしたいともお話を伺ってきました。私はその話を聞いただけでもう十分でした。
スーパーマーケットの場合、普通は社長が花に気を回すことはありませんので、そのようにお考えいただくだけことは非常にありがたいことです。
そうであればインパックは様々なご提案を申し上げることが出来ます。それは花が一般の商品のようになれば素晴らしいことになると考えている私としては待っていた話でした。
スーパーが花をより中心に考えることは余りありませんので今回の話はとても元気の出る話でありました。
花の現状は398円で販売される機会が多いようです。中には298円、198円を付けて販売されていることもあります。また、仏花が698年、798円なども多く見られます。勿論価格に合わせ花のボリュームは色々ですが、花はボリューム重視で見ていきたいと考えています。
目的によっては1輪で十分なこともあるでしょうが、家に飾る際5,6本で一束くらいが丁度いい本数だと思います。またミックスする場合、ボリュームの多い花を1~2本入れるとボリューム的には問題の束になると思います。そうなると価格的には1,000円から1,500円が適当かと考えています。この価格帯の花束は現在存在していません。以前JFMA(日本フローラルマーケティング協会)のセミナーにペガサスクラブの桜井先生が来られた折、話されていたのは一束1,000円でした。随分前になりますが、この価格帯が中心となることが必要だと思います。ボリューム的にも満足のいく束に仕上げるのが条件になるでしょう

花が高くなり、中々束を作れないような環境の中、もう一度商品の見直しを図っては如何でしょう。その後にブーケも商品として考えていくのはどうでしょうか。
昨年あたりから、花は売れないと言われていますが、今日のJFMA(日本フローラルマーケティング協会)ニュースの中でも青山フラワーの井上社長、花恋人の野田社長お二人の話が出て来ました。成人の日など昨対で大変な伸びがあったと小川孔輔会長のお話がありました。過日同じ話を書かせて頂きました。売れないのではないようです。花を販売する側には努力の余地が大分あるようです。
インパックの中でも花業界が小さくなっているという話題が出ますが、どうやら的外れの様です。
 

2025年02月03日(月)更新

能登の現状

能登の復興は相当力を入れないと大変なことになります。
大変な事とは、今のままで行くと人口は減り続け今までのような街を形成できなくなります。
元々、地域的に人口の少ない所でもありました。県や市町村も懸命になって復旧に努めていますが、9月の豪雨は復旧のやる気をそぐような災害でした。

全半壊だけでも25,000棟が県内で出ています。勿論、県内というものの奥能登地方がその中心になっていることはご承知の通りです。国も県も復旧に懸命に努めていますが、多くの住宅を元に戻すのは至難の業です。更にその間に能登を出る人が続いています。何とかして生まれ故郷に留まって欲しいのですが、そうならないご家庭や人はたくさんおられます。

私の家から20数キロのところに青梅市があります。ここには明星大学の校舎がありました。僅か前までは大学として機能していましたが、学部が他に移り、暫く校舎は空いていました。現在、そこには能登空港の近くから学校法人石川学園の生徒の皆さん約800名全てが引っ越して来られました。住宅は構内に仮設の住宅を作りました。今まで親元から通っていた生徒さんはさぞ苦労されたでしょう。日々の生活が一新した中で今迄勉学を続けました。
先生、生徒の皆さんのご苦労はこれからも続くでしょうが、ぜひ頑張って欲しいと思います。

思うようにならないこともあるでしょうが、国家も県も最大限の努力をしています。しっかりと前に進む事を祈っています。

 

2025年01月31日(金)更新

言葉で分る企業文化

若いころある地域の団体に入っていました。二代目の会長は日本ヒューレット・パッカード社の笹岡さんでした。その時は会社では会長でしたが、しばらく前までは社長をお勤めでした。その団体の事務局長は、前に役員をお勤めになっていた方でした。

ある時私が話の中で「下請け」という言葉を使った時、会長も事務局長も即座に「下請けとは何ですか」「世の中に下請けという言葉はありませんよ」と諭されました。勿論お二人共知らない訳はありませんが、恐らく日本ヒューレット・パッカード社では下請けという言葉を一切話さなかったのだと思いました。全て協力工場に統一されていたのでしょう。この言葉を聞いただけでも公平な会社だということが分かりました。
更に笹岡さんの素晴らしいのは決して言ってはいけないから言わないのではなく、彼の中には本当に下請け企業がいなかったのだと思います。普段からパートナーとして彼らとお付き合いをされてきたのだと思います。
ついでながら申し上げることがあります。日本ヒューレット・パッカード社は半導体を生産されていましたが、検品という言葉がありませんでした。品質管理上検品を行うのは当たり前ですが、不良品が出ない生産方式を取っていました。全ての工程で不良品の出ない生産を行えば最終的に不良品が出ることはない、という訳です。何かHACCPのようですが、日本でHACCPが広がるはるか前の事でした。

この様にしてMR.QCの名前は世界中に広がりました。
日本ヒューレット・パッカード社は世界の工場の中で最も小さな工場でしたが、やっている内容は世界のグループトップとなりました。笹岡さんは退職後、主だった国で講演を行ってきました。ある時オランダで講演を行う時、事前にご連絡を頂きオランダインパックにもお立ち寄りいただきました。大変光栄な事でありました。
 

2025年01月30日(木)更新

西村龍介さん

西村龍介さんは私などが気軽に呼べる方ではありません。私が生まれた時、既にコニカ(当時小西六)の取締役をお勤めになっていました。西村龍介さんと毎月お会いするようになったのは豊田駅前の会館で西村さんと日野自工の家本相談役、当時都立科学技術短大の渡辺学長が多摩地域の中小企業の育成を目指した協会を立ち上げた時に遡ります。
協会の会長をお務めになった西村さんは毎月会員のメンバーとの懇談会に参加され、お話を伺うようになりました。地域の企業も100社以上参加され熱心な会でした。渡辺学長は地域の中小企業に門戸を開き、公開講義を年間100回開講しました。当時大学の公開講座の中でも群を抜いて多い大学として有名でした。
毎月の懇談会では西村会長に私の話をお聞きいただき、大変可愛がって頂きました。インパックにもお電話を頂き小西六の秘書課からの電話で大騒ぎしたものです。

この話はご本人から伺いました。ある時、紙焼きした写真に白い斑点があるとクレームが入りました。この時はごく少数で問題にならないくらいの事の様でした。ところが暫くした後、全国で同じクレームが一斉に発生しました。当時、写真はほぼ街の写真屋さんから受け取っていました。白い斑点は写真を撮った人にダメージを与え、小西六にとって多きな問題になりました。写真は思い出の塊です。それを取り戻すことは出来ません。その後白濁事件は原因が分かり解決することは出来ました。しかし会社は責任を明らかにしなければ世間も社員も許しません。
この時の一件でフィルムのシェアは一気に富士フィルムと逆転しました。7:3が3:7になり、元に戻りませんでした。小西六は世間から大きな制裁を受けたのです。
この時小西六の役員のとった責任は20数名いる役員の中から末席の西村さんだけを残し会長、社長以下全員お辞めになりました。西村さんは技術系の役員でありました。これからの小西六は技術で生きなければならないとの表明でした。西村さんはその象徴でもありました。フィルムのシェアは回復出来ませんでしたが、その後西村さんはカメラで挽回しました。「ピッカリコニカ」の誕生です。
最近のメディアの事件で役員がバラバラ辞めていくのを見て、西村さんから伺った話を思い出しました。
 

2025年01月29日(水)更新

流通業界の役割

今日は大事なセミナーが開催されます。恐らくここには名だたる国内の量販店の社長始め役員等それに準ずる方々が参加されています。多くは主催者の代表者である故渥美俊一先生の教えを得た方々であります。今回インパックは社長他5名での参加となります。年初の政策セミナーは全てのスーパーマーケット、ホームセンターにとってこれから先半年間の方向性を学ぶ会になっています。今日、明日の2日間、出席者の皆さんは真剣に学ぶことになります。政策セミナーには国内量販店の社長はじめ役員等が参加するのが常ですが、スーパーマーケットのある種の教育機関である日本リティリングセンターは社員の各層ごとに多くのセミナーが用意しています。その中で政策セミナーは社長、役員などが学ぶ会となっています。

私はある年、東京の政策セミナーに出られず、代わりに渥美先生が講師を務める大阪のセミナーに参加いたしました。この時大変驚いたことがありました。先生は量販店の発展に誰とよりも熱意のあることは承知していましたが、お身体が思うようにならず椅子に座っての講演になりました。その冒頭先生は「50年前皆さんと日本の量販店の売り上げでアメリカを抜くと約束したが果たせなかった」「皆さんは一体何をしていたのか」お身体が必ずしも十分でなかった先生は絞り出すような声で激を飛ばされていました。いつの間にか椅子から立ち上り話していました。誰よりも熱心に業界の事を考えておられた方でした。

スーパーマーケット業界の事について触れたいと思います。私は災害が起きた時、最も重要な業界はスーパーマーケット、ホームセンターのような小売業だと思います。
きっかけは東日本大震災でした。一瞬にして地震や津波の被害を受け、店舗も被害を受けましたが、一般の市民は更に大変な思いをすることになりました。地域にどんな立派な企業が大きな工場を持っていても役に立ちません。むしろ災害の場合、スーパーの持つ役割は小さくありません。店の物を持って行ってもらい、寝泊まりに困った人は建物の中で休んでもらう等、小売業の役割は大きなものとなりました。日本リティリングセンターの政策セミナーでは早速イオンリテールの社長、コメリの社長、日本生協連合会の専務理事のお三方をお呼びしてこれからの災害に対する量販店、生協の使命は何か、といった内容でした。イオンの社長のお話では、この時すでに各自治体との間で災害時食品の提供などの契約を進めており、全国の自治体との間で契約を済ませたいとありました。生協は配達する車で何処へでも食料を積み走る、とありました。コメリの社長もイオンと同じ発言でした。私は大災害を経て流通業界は他の業界に出来ないことをする業態に昇華した気がしました。本当に素晴らしいです。

 

2025年01月28日(火)更新

花のパッケージ “スリーブ“

スリーブを始めて見たのは私が40歳の時ですから38年前になります。オランダの話です。街中でもフラワーショップの花束は全部スリーブに入っていました。フローリストはブーケを作り大きく切られたOPP(透明のフィルム)できれいに包装されていました。どちらかと言うと安価な花はほぼスリーブに入っていました。スーパーの花売り場でもショピングセンターにあるお花屋さんでもスリーブに入った花を販売していました。

現在の日本でも同じことが行われています。スーパーやホームセンターでも花売り場はスリーブに入った花束が売られています。今その花が初めの時の様に花が売れなくなりました。もちろん事情は様々あるでしょうが、私は37年前初めてスーパーマーケットがスリーブに入った花を売り始めた頃と今の花売り場を比較すると一部のスーパーを除き、ほぼその姿に変化はありません。つまり売り場に変化がないのです。売り場に変化がないのと、商品にも変化もありません。更に価格も変わっていません。私はこの話を多くの関係者の皆さんに話すことがあります。売り場も商品も価格も変化がなれば売れるはずがない、などと失礼なことを申し上げてきました。
ここにきて私の話は全て間違いだったことに気が付きました。本当に失礼なことを言ってきました。インパックはスリーブのメーカーです。年間2億枚近く生産しています。更にインパックは印刷したスリーブ(デコスリーブ)を生産し、様々なイベントに合わせ印刷スリーブを生産、販売しています。つまり、企画を立てイベントに合わせ、更にお得意先様に
要望に合わせデザインしスリーブを作っています。この様な仕事をしている私たちがスリーブを更なる高度化を目指し、材質も紙を自由に加工し紙スリーブを作り始めました。つまりスリーブの企画、材料開発、一歩進め、店舗企画、などを行うインパックは、ここで基本から花の販売を考え直し、包材の立場から花の発展に移送役立つことが出来ると考えました。

40年近く同じことの繰り返しを花はやってきた結果が今なのだと、まるで傍観者のようなことを言ってきたことを心からお詫びします。私共インパックが生産者、生花卸売市場様、量販店様や花束加工加工メーカー様に、更なる企画をご提案してまいります。
今まで以上の関係性を待たせて頂きたく、よろしくお願いいたします。
 
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会社概要

2018年インパック株式会社(事業会社)の代表取締役に守重へきろう就任 IPホールディングス株式会社(持株会社)設立 代表取締役に守重知量就任 2016年花の鮮度保持管理コンサルティング会社 フラワーウォッチジャパン株式会社設立(子会社) 2014年東京オフィス本社移転...

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  • 靴磨きは一つの楽しみ
    • いつも素敵な靴を履いていらっしゃるので、私もきちんとしなければと思います。...

  • :ShinoMorishige[11/05]
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