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We are Flower People の日記
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2025年02月26日(水)更新
能登の雪も終わりに近づく?
今朝出社したに私の机の上にマイクロ胡蝶蘭の1本立と2本立の商品が置いてありました。どちらもチャコボールで造られています。これらは近く上市する商品ですが、いくつも咲いている花と多くのつぼみが付いている見事なものです。かなり品質も高く優れた商品に仕上がっています。とても気持ちのよい商品です。
それらを見ながら今朝のニュースは漸く雪が終わりに近づいていることを流れていました。能登半島はあまり雪が降らないことになっていましたが、今年は何度も雪がやってきました。インパックの工場も50cm、60㎝くらいは普通に降りました。おそらくそれらの雪は駐車場の北側に大きく積まれていることでしょう。何年ぶりかの光景です。
16年前の工場進出前に志賀町の方から一度工業団地を見てほしいいと言われ、16年前の二月に初めて役員四人で出かけていきました。2月20日でしたが雪が心配でどうなっているかと思い予定地に出かけましたが、雪一つなく少々拍子抜けした感じでした。町の方は「毎年こんなものですよ」
と話されていました。その時能登の雪の少なさをお聞きしました。520mの山が最高の高さでした。平均200mから300mの山が多いようです。北からの雪雲は能登半島を通り越し白山連峰や立山連峰にぶつかってその周辺に多くの雪を降らすのだそうです。その様な事から能登は雪が少ない、と言われています。一昨日能登から戻っている副社長に聞いたところ恐らく二番目の大雪だったとのことでした。それでも工場は問題なく稼働致しました。感謝しかありません。
この後一気に春の気配です。来月は桜の季節に入ります。いやが上にも明るくなって参ります。
それらを見ながら今朝のニュースは漸く雪が終わりに近づいていることを流れていました。能登半島はあまり雪が降らないことになっていましたが、今年は何度も雪がやってきました。インパックの工場も50cm、60㎝くらいは普通に降りました。おそらくそれらの雪は駐車場の北側に大きく積まれていることでしょう。何年ぶりかの光景です。
16年前の工場進出前に志賀町の方から一度工業団地を見てほしいいと言われ、16年前の二月に初めて役員四人で出かけていきました。2月20日でしたが雪が心配でどうなっているかと思い予定地に出かけましたが、雪一つなく少々拍子抜けした感じでした。町の方は「毎年こんなものですよ」
と話されていました。その時能登の雪の少なさをお聞きしました。520mの山が最高の高さでした。平均200mから300mの山が多いようです。北からの雪雲は能登半島を通り越し白山連峰や立山連峰にぶつかってその周辺に多くの雪を降らすのだそうです。その様な事から能登は雪が少ない、と言われています。一昨日能登から戻っている副社長に聞いたところ恐らく二番目の大雪だったとのことでした。それでも工場は問題なく稼働致しました。感謝しかありません。
この後一気に春の気配です。来月は桜の季節に入ります。いやが上にも明るくなって参ります。
2024年12月16日(月)更新
能登の事
現在、国家も石川県も能登に対して大きな力を注いでくれています。また、一般のボランティア方々も能登に対して格別の扱いを行ってくれています。更にテレビ、ラジオなども能登を扱う番組が多くあると感じています。実にありがたいことです。
多くの能登半島に住む人たちは、大きな支えを頂いていると感じている事でしょう。尤も被害の大きい人、年齢の高い人たちは様々なサポートを受けられていても心から安心するのにはさらに時間がかかることでしょう。
能登の伝統文化であり、伝統産業である輪島塗の被害は大変大きなものでした。出来上がった作品や商品、更に生産途中物の等、泥の中から探し出す場面を何度も見ましたが大変なご苦労だったに違いありません。更にそれらを磨き直し、都内へ売りに行く問屋のご夫妻には感銘を受けたものでした。
能登半島全体では170社近くの企業が廃業いたしました。インパックは好んで能登へ参りましたが、もう体も精神も能登の人間です。能登で採用した皆さんの中から役員も出ました。今回の災害を乗り切り前に進んで参ります。応援頂いた方々のためにも一層の努力を続けます。能登の皆さんには心から感謝いたします。
よろしくお願い申し上げます。
多くの能登半島に住む人たちは、大きな支えを頂いていると感じている事でしょう。尤も被害の大きい人、年齢の高い人たちは様々なサポートを受けられていても心から安心するのにはさらに時間がかかることでしょう。
能登の伝統文化であり、伝統産業である輪島塗の被害は大変大きなものでした。出来上がった作品や商品、更に生産途中物の等、泥の中から探し出す場面を何度も見ましたが大変なご苦労だったに違いありません。更にそれらを磨き直し、都内へ売りに行く問屋のご夫妻には感銘を受けたものでした。
能登半島全体では170社近くの企業が廃業いたしました。インパックは好んで能登へ参りましたが、もう体も精神も能登の人間です。能登で採用した皆さんの中から役員も出ました。今回の災害を乗り切り前に進んで参ります。応援頂いた方々のためにも一層の努力を続けます。能登の皆さんには心から感謝いたします。
よろしくお願い申し上げます。
2024年12月09日(月)更新
切なる願い
能登には多くの人たちが訪ねてくれます。首相はじめ多くの大臣、更には天皇をはじめ皇室の方もお見えでした。現地の惨状を見て早い復旧、復興を思い、願いながら現地を見て頂きました。ある日の早朝、電話が掛かり約束した講演会に出られなくなった、と当日の朝連絡を頂いた方がいました。ジョージア大使でした。急遽能登行が決まり暗いうちから出発したそうです。各国の大使も出かけるとなると、現地での対応は大変だろうと想像がつきます。以上のような方々とお会いして少しでも心が晴れて呉れればいいとも考えています。
インパックの能登工場にも県知事をはじめおおくの県庁の方が来られました。復興庁の審議官の先生も来られました。お陰様でこのような時は報道関係の方も同行されますか、NHKに二度もインパックの工場が紹介されました。
知事からは大いに励まされ、工場の従業員の皆さんは大いに喜びました。被災後僅かの時でしたので知事の訪問はインパックと従業員にとって意義あるものでした。
また、県内各地には各県からの応援が沢山来られました。被害を受けた各役所には事務方の応援、水道局の皆さんが沢山来られました。応援体制は万全でした。市内の道路では札幌、三重都内、神奈川などのナンバーが見えました。恐らく私が見ただけですので日本中から応援の車が来ていたでしょう。そのほかにボランティアの皆さんです。また忘れてはいけないのは自衛隊の皆さんです。この様に災害に対する応援に対して感謝ばかりです。
しかしあまりに被災内容がひどく、広範囲の為、住民の方々は今までも大変でしたが、これからも大変です。9月の豪雨がもうないという保証もありません。
少なくとも能登と関わりある者として言えるのは、これ以上の地震や豪雨は来ないで欲しい、という切なる願いです。
インパックの能登工場にも県知事をはじめおおくの県庁の方が来られました。復興庁の審議官の先生も来られました。お陰様でこのような時は報道関係の方も同行されますか、NHKに二度もインパックの工場が紹介されました。
知事からは大いに励まされ、工場の従業員の皆さんは大いに喜びました。被災後僅かの時でしたので知事の訪問はインパックと従業員にとって意義あるものでした。
また、県内各地には各県からの応援が沢山来られました。被害を受けた各役所には事務方の応援、水道局の皆さんが沢山来られました。応援体制は万全でした。市内の道路では札幌、三重都内、神奈川などのナンバーが見えました。恐らく私が見ただけですので日本中から応援の車が来ていたでしょう。そのほかにボランティアの皆さんです。また忘れてはいけないのは自衛隊の皆さんです。この様に災害に対する応援に対して感謝ばかりです。
しかしあまりに被災内容がひどく、広範囲の為、住民の方々は今までも大変でしたが、これからも大変です。9月の豪雨がもうないという保証もありません。
少なくとも能登と関わりある者として言えるのは、これ以上の地震や豪雨は来ないで欲しい、という切なる願いです。
2024年10月21日(月)更新
能登事業所
暫く能登の件に触れていませんでした。また9月には稀にみる豪雨が同じ能登を襲いました。恐ろしい現実です。
さて、今年の元旦の4時過ぎの地震は輪島市、珠洲市、奥能登町、志賀町の四つの街に震度7が襲いました。震度7の怖さは今回私共の工場も直撃した関係で身に染みて感じています。幸い従業員の皆さんは元気であったことが不幸中の幸いでありました。
工場、倉庫共に大変な惨状でありましたが、出荷の方はひと月余り、工場の復旧は2ヶ月ほどで元に戻りました。出荷、生産共に最低限の応急処置を行い、復旧に繋げました。しかし、専門の方に調べていただきましたが、外壁の全て、工場の中を事務所、出荷場、生産現場と分けていた隔壁は全て取り除くとの判断で4ヶ月ほどかけ復旧工事ができる環境を整え、7月に漸く外壁、隔壁、各部屋(事務所・食堂・会議室など)の工事に取り掛かることが出来ました。作業を中断せずにこれらの工事は進められました。7月から3ヶ月ほどが過ぎましたが、外壁は1/3ほど、内壁はこれから、各部屋も進行中で現在も工事が進められています。この様に工事が進められていることは本当に幸せなことです。国家からの補助もきっと降りると思います。自己負担部分もメドが経ちました。
後は来年二月の完成を待つだけとなりました。多くの御取引様からお見舞いを頂きました。これらは全て志賀町の町長へお届けし大変喜ばれました。またお水や食料は従業員の皆さんにお持ちいただきました。
インパックは大変恵まれた環境の中で復旧作業を続けております。偏に多くの取引先様のご厚志の賜物です。更に初期の段階で多くの得意先様は商品を出荷出来るまでお待ちいただく決断をしていただきました。また、従業員の皆様もその日の内に工場に入った副社長や専務、更に現地の常務の強いリーダーシップの元、復旧作業に当たってくれました。大きなご迷惑をおかけしましたが、一ケ月後には出荷が可能になりました。
お陰様で来年2月の完成を待つところです。改めて皆様に御礼を申し上げます。
終わりに当たり、9月の豪雨災害に見舞われた皆様にお見舞い申し上げますと共に、お亡くなりになられた方々に心よりお悔やみを申し上げます。
さて、今年の元旦の4時過ぎの地震は輪島市、珠洲市、奥能登町、志賀町の四つの街に震度7が襲いました。震度7の怖さは今回私共の工場も直撃した関係で身に染みて感じています。幸い従業員の皆さんは元気であったことが不幸中の幸いでありました。
工場、倉庫共に大変な惨状でありましたが、出荷の方はひと月余り、工場の復旧は2ヶ月ほどで元に戻りました。出荷、生産共に最低限の応急処置を行い、復旧に繋げました。しかし、専門の方に調べていただきましたが、外壁の全て、工場の中を事務所、出荷場、生産現場と分けていた隔壁は全て取り除くとの判断で4ヶ月ほどかけ復旧工事ができる環境を整え、7月に漸く外壁、隔壁、各部屋(事務所・食堂・会議室など)の工事に取り掛かることが出来ました。作業を中断せずにこれらの工事は進められました。7月から3ヶ月ほどが過ぎましたが、外壁は1/3ほど、内壁はこれから、各部屋も進行中で現在も工事が進められています。この様に工事が進められていることは本当に幸せなことです。国家からの補助もきっと降りると思います。自己負担部分もメドが経ちました。
後は来年二月の完成を待つだけとなりました。多くの御取引様からお見舞いを頂きました。これらは全て志賀町の町長へお届けし大変喜ばれました。またお水や食料は従業員の皆さんにお持ちいただきました。
インパックは大変恵まれた環境の中で復旧作業を続けております。偏に多くの取引先様のご厚志の賜物です。更に初期の段階で多くの得意先様は商品を出荷出来るまでお待ちいただく決断をしていただきました。また、従業員の皆様もその日の内に工場に入った副社長や専務、更に現地の常務の強いリーダーシップの元、復旧作業に当たってくれました。大きなご迷惑をおかけしましたが、一ケ月後には出荷が可能になりました。
お陰様で来年2月の完成を待つところです。改めて皆様に御礼を申し上げます。
終わりに当たり、9月の豪雨災害に見舞われた皆様にお見舞い申し上げますと共に、お亡くなりになられた方々に心よりお悔やみを申し上げます。
2024年07月01日(月)更新
能登の事を書かせて頂きます。
能登の事を書かせて頂きます。
珠洲市、輪島市、能登町などは奥能登と言われています。インパックのある志賀町、穴水、七尾市辺りは中能登と呼ばれています。
ご承知の通り今回の被害は奥能登、中能登の志賀町に震度7が来ました。現在復興住宅などを盛んに立てています。7,000戸予定と言われていますが、現在70%ほど完成しているとのことでした。最近のニュースで気になるのは、どうやらその復興住宅に住む人たちの組織がなく日々の生活に支障をきたしているとのことでした。
年配の方が一人住宅で生活していると、おそらく身体の状態にもよりますが、自分では何も出来ない方もいるかもしれません。このような場合。周り近所での助け合いが必要になるでしょうが、ほぼ初めて見る方々ではよほどのことがない限り、声掛けが行われません。出来ればお隣からと言う事になりますが、それも難しいようです。
なんでも行政にというつもりはありませんが、自治会には行政が関わらないと言う事の様です。入り口のところは手を差し伸べて丁度よいと思います。近所同士ももう少し近づくことは必要でしょう。
インパックの事ですが、お陰様で仕事は確実に復旧いたしました。あとは壊れた内部の改修と壊れた隔壁の修理、外壁の取り換え作業などがあり、これらは後8か月ほどかかり、来年2月には完成する予定です。多くの方々の応援でここまで来ました。感謝申し上げます。
珠洲市、輪島市、能登町などは奥能登と言われています。インパックのある志賀町、穴水、七尾市辺りは中能登と呼ばれています。
ご承知の通り今回の被害は奥能登、中能登の志賀町に震度7が来ました。現在復興住宅などを盛んに立てています。7,000戸予定と言われていますが、現在70%ほど完成しているとのことでした。最近のニュースで気になるのは、どうやらその復興住宅に住む人たちの組織がなく日々の生活に支障をきたしているとのことでした。
年配の方が一人住宅で生活していると、おそらく身体の状態にもよりますが、自分では何も出来ない方もいるかもしれません。このような場合。周り近所での助け合いが必要になるでしょうが、ほぼ初めて見る方々ではよほどのことがない限り、声掛けが行われません。出来ればお隣からと言う事になりますが、それも難しいようです。
なんでも行政にというつもりはありませんが、自治会には行政が関わらないと言う事の様です。入り口のところは手を差し伸べて丁度よいと思います。近所同士ももう少し近づくことは必要でしょう。
インパックの事ですが、お陰様で仕事は確実に復旧いたしました。あとは壊れた内部の改修と壊れた隔壁の修理、外壁の取り換え作業などがあり、これらは後8か月ほどかかり、来年2月には完成する予定です。多くの方々の応援でここまで来ました。感謝申し上げます。
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