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2026年02月03日(火)更新

インパック

皆さんに今日まで努力いただきインパックは今日まで来ました。

インパックは能登に工場を有しています。この事実はインパックのごく初期のことを知る人にとっては夢のような話です。工場を持つ会社は大変な苦労も多いと思いますが、しっかり乗り切っていますがまた道半ばです。また、貿易部を持つことも素晴らしい事です。どこの会社も貿易を行いたいのですが、簡単にはいきません。貿易はすべて先に資金が必要になります。初期段階このことによりインパックも苦労しました。しかし現在ではそこを乗り越え直貿を続けています。
更にインパックの販売部門はメンテナンスを行い更に、スリーブをさらに上に押し上げようとしています。更に機械販売を行い、インパックは力を付けてきました。他の部門の方も一つとなってインパックを盛り上げてくれました。感謝に堪えません。

インパックはこれからも成長していきます。そのためには全従業員が一つになり将来をしっかり見極め社長が中心に進めて行く必要があります。
会社も個人も自身のアイデンティティーを持つ必要があります。それも誰にも負けない上質なものでなくてはいけません。

最後にインパックの皆さんは一層勉強し、実践し世界のトップにインパックを引き上げてほしいと思います。大いに活躍をしてください。ありがとうございます。
 

2025年12月29日(月)更新

御礼

2024年の元旦に発生した能登地震からおよそ二年が経過いたしました。この二年間は復旧に次ぐ復旧で能登の皆さんをはじめ、ことあるごとに出かけていた副社長も漸く落ち着いて工場へ出かけていくことが出来るようになりました。私も初めて出かけた時の驚きは今でも忘れません。その時から能登工場は工事関係者が入り、近くの倉庫を借り、商品を移し、工場を復興させた後はスリーブの生産を再開し、壊れたシャッターは全部で7基ありましたがこれらを直し、隔壁の改修、外壁の改修など長い時間をかけながら徐々に工場のうち外を直していきました。おかげさまで今年の8月までにはすべての工事の終了とともに国からの助成の認可もいただきました。3/4の費用の補助をいただくにことになりました。自己資金は1/4で済ますことが出来ました。実に有難い処理をすることが出来ました。
勿論これからも工場や倉庫の改修はさらに続きますがこれらはすべてインパックの仕事となります。更に新工場の建設も控えています。新たな設備を入れる予定にもなっています。

長いトンネルの様な時期ではありましたが、多くの勉強も致しました。これからも多くの地域での復興が継続されていますが早く更なる復興がなされ、元の能登に戻ってほしいと思います。次第に各地域の芸能も戻っていますが能登半島の各地にある芸能が復活するのを楽しみしています。

本年も大変お世話になりました。来年こそ元気で仕事を頑張るつもりです。また保育園の先生方は新たな年になりますが、園児の皆さんと共に元気な一年をお楽しみください。
皆様ありがとうございました。
 

2025年04月14日(月)更新

この後出来る事

今までの私は人から親切にされたり、何かを手伝ってもらったり、教えてもらったりの連続でした。自分から何かをさせてもらうようなことはほとんどありませんでした。特に仕事の場面ではほとんど多くの人に助けてもらうことばかりでした。そのことを考えるととても自分では人のためになる様なものではないと考えていたからです。
しかし現在年齢も77歳となり、ましてや会社では会長職、保育園では理事長職を頂き、このような立場で人のためにならないなどと言っていては笑われてしまいます。更に人非人になってしまいます。勿論何かが出来る訳ではありません。しかし少なくとも多くの若い皆さんから見れば二倍も三倍も生きています。それだけでも人に話すことくらいは出来るかもしれません。
私の生まれた二年前、第二次世界大戦が終わり、日本は敗戦という二文字を背負うことになりました。戦中、戦前の方からは見れば苦しみを分かり合うことは出来ませんが、4、5歳で見た横浜の町並みはまだ敗戦後の息吹を感じることが出来ました。
その後、仕事を始めましたが父親の教えが全てでした。商いの基本は全て父親から教わりました。更にその後、商売はスクラップ&ビルドだと気が付き、商売そのものを変えてきました。特に今の仕事は40年前、アメリカから一橋大学の榊原先生から頂いた一本の電話が全てを決しました。「花を普及させるにはスーパーマーケットだ」と言われ、夢中に過ごした40年間でした。
これら一連の事は後輩に伝えることが出来ます。話の中心は過去の話などではなく、全てこらからの事です。私の経験した「点」のような出来事が必ず近未来の役に立つと確信しました。会社の将来も保育園の将来も地域の将来も根は一つです。何もできないと思っていましたが、将来を作ることであれば少しくらいはお伝えすることは出来ます。
 

2024年12月03日(火)更新

高い志

高い志

1.私たちは一体何をしたいのか。
 この追求は若い頃になされるのがいいだろうと考えています。若いころに何をしたいのかが分かれば、こんなにいいことはありません。私は80歳に近づき漸く何をしたいのかに気が付き始めました。それは「高い志」を持って生きる事なのです。そうであればそこに気が付くのは早い方がいいに決まっています。出来れば30代、40台で気が付くのが良いでしょう。それは気が付いてから更に仕事を10年、20年続けていくことが出来るからです。更にそうであれば「高い志」は学生の頃に気が付いてはどうかとも考えています。
高い志とは高い志を持つのが目的ではなく、高い志を持って行動する事なのです。行動とは仕事に就くのもいいでしょう。勉学に励むのもいいでしょう。つまり高い志は行動が伴って益々高い志となるのです。

正義の追求
 仕事をする者は目の前の仕事をこなすことが目的ではありません。その仕事が公共性、社会性などにおいて明らかに重要な仕事なのかどうかです。またそのように理解した上で仕事をしているかどうかです。

幸福の追求
 物を販売する仕事は単に売ることが目的では高い志とは言えません。物を販売することで、販売先の人たちが幸せになるのかどうかです。つまり幸福の追求なのです。しかしここでの問題は販売した人が幸せになるのと同時に私(販売した本人)も幸せになるのかどうかです。高い志の仕事とは双方が幸せにならなければいけません。

独自性の追求
 高い志を目指すには物まね、人まねは問題です。絶対に人の作ったものと同じもの
は作らない。しかし仕事を始めた初期にあって人のまねをすることはよくあります。良いことはまねればいいのです。ここで言う物まねとは商品作りに関してです。

不退転の追求
 私たちビジネスを行うものにとって、常に後がないことを知るべきです。「いま・ここ」を大切に生きるべきです。「いま・ここ」は責任感にも通じます。高い志は強い責任感でもあります。

上位概念の追求
 高い志を持って行動するには正しい道を歩む必要があります。仕事をする上で重要なことはバリュー(価値ある仕事か)ビジョン(夢ある目標を定めているか)を持ちコンセプトをはっきりさせているかです。
 

2024年11月19日(火)更新

今こそ立ち上がる時!

今日は久しぶりに社内で花の普及の話をいたしました。

私は直接知る話がいくつかあります。
今、レトルトカレーのブームが来ています。尤もこのブームは大塚食品のブームでありましたが、私はボンカレーはレトルトカレーブーム第一期(今は7期と言われています)と捉えられます。ボンカレーの隠れた主役は東洋製缶でありました。ハウスククレカレーは藤森工業さんです。
更におせんべいのパッケージ商品が全国区になり、米どころの新潟にたくさんの米菓のメーカーが揃った頃、ほぼその背景には必ず凸版印刷をはじめ多くのパッケージメーカーが揃っていました。
ケーキが持ち帰りやギフトとして大きく伸びたのもパッケージメーカーによる様々な商品開発でした。インパックは40年前、シクラメンや観葉植物のギフトパッケージを開発し大手生花店、デパート各社に入る生花店様にパッケージをご提案していました。年間で100万ケース近くお届けしていました。

今こそインパックが立ち上げる時が来たのではないか、役員の皆さんに話しました。花が売れない、花は高くて物がない、生産者の皆さんは値上げし、市場までは値が上がったが、加工メーカーさんは上げられないでいる。この様な時に傍観者で良いのか。120%我々は当事者です。
ここでの勝手な結論は、新たな商品、従来品の新たな販売方法等、様々ご提案出来る企業は私達だけではないか、と勝手に考えています。鮮度保持、安定した物流、自動で製作するブーケマシン、更に自動スリービングマシン、また消耗品のデザイン、お花を飾る場所、更に花びんに至るまでもう一度ご提案すべきではないか、様々話し合いました。

今日はまず入り口です。多くの社員の皆さんにも声をかけ、考えてもらうことにしましょう、
と言う事になりました。更に営業社員が共通認識を持つために2、3年かけ営業全員にオランダに出かけてもらうことにしました。

 
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