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2023年01月11日(水)更新

年賀状

昨年末から今年にかけて、特に多く感じたことがあります。年賀状廃止のご連絡についてです。
個人も企業も皆様一様に、丁寧な文書でそのご案内が頂きました。
勿論年賀状を出す、出さないはそれぞれのお考えがあっての事ですから、様々なお考えがあっていいと思います。私は年末に一気に書くことに決めておりますから出すことに迷いはありませんが、時代が大きく変わり、手紙から電話へ、電話からメールへ大きく変化している中で相変わらず年賀状を書き、郵送することは完全に時代遅れの感があります。

しかし、日頃のご無沙汰やお伝えしたいことなど、もしくは元気でいるお知らせを一枚の紙で事が済むことは素晴らしいことだと考えています。尤もこの行為はまた、メールでも十分その代わりを果たしていることもよくわかっています。
私もかたくなに年賀状を書き続けるつもりはありません。メールのように手軽に、まるで会話をするかように行き来する状態は決しておかしいとは思えません。身近でいつでも会う事の出来る友人たちや、たとえ仕事上の関係者の方であっても常日頃親しくさせていただいているような方にはメールの方が似合っている気がします。

結論ですが、来年からはメールを出す方と、年賀状を出す方と分けてみようかと思っています。尤も今はそう思っていても、年末になるとせっせと書いているかもしれません。

 

2022年11月17日(木)更新

コロナの影響

仕事を100%、JC(青年会議所)100%と言ったJCの先輩がいました。その言葉通りの生活を行った方です。素晴らしい活躍でした。私の場合も先輩に近い生活を行ってきました。私の場合はJC卒業直後(40歳)から12年間仕事を休みました。病気治療でした。先輩は若くして亡くなってしまいました。
尤も私は悔いなどありません。社会の為、人のために生きることは全てJCで教えてもらいました。楽しい期間で感謝することばかりです。尤も今思いますと仕事70%、JC30%辺りが丁度良いと思います。

さて、コロナの影響ですっかり夜出かけることが少なくなりました。今また患者数の拡大が心配されていますが、やはり出かける機会がまたまた少なくなることになるでしょうか。問題は70歳を過ぎたことから昔の仲間と会う、同窓の人と会うことが出来なくなると、一生会えなくなる可能性が出てきます。私もそのど真ん中にいることになります。寂しい限りです。

一昨年から代わりに私は手紙を書く事にしました。パソコンを使わず全て手で書いています。問題は字が下手なことです。本当は恥ずかしいのですが、笑われるのを承知で書いています。あまりに下手の為、意を決して7月からペン習字を習い始めました。
昨年は年賀状を含め800通ほど書きましたが、コロナがあって初めて出来ることでした。

コロナはいろいろな影響を与えています。

2022年09月09日(金)更新

玄冶店・濱田屋

昨日は古い友人と人形町、浜町辺りを楽しみました。

私たちは35年前の青年会議所の東京で行われる会合の幹事役を頂いている関係で、場所の確認に出かけてきました。年齢が若い方でも70歳、一番上の方では76歳になりますので
出来るだけ一か所で終わるようにしようと考えていました。私はこの周辺を知らないことから全てもう一組の幹事ご夫妻にいろいろお願いをいたしました。

なんでも宿泊は各部屋からグリーンが見えるつくりになっているホテルを見学し、部屋を見せてもらいました。新しいコンセプトのホテルです。どの部屋からも外の景色と共に、ベランダの植えられた植物が風に揺れています。それでも価格はビジネスホテル並みでした。
更に一階のカフェでは曜日によりピアニストが来られ演奏を楽しむことが出来ます。ホテルの価格はビジネスホテル並み、サービスは様々付いて価値としてはかなり高いホテルと感じました。

また、昼食を1kmほど離れたお店で取りましたが、品質の高い料理が出され、少々感激しました。料理はすっかり秋の食材を多用しており、大いに楽しませてくれました。さすがに友人ご夫妻は様々知る人です。
屋号も玄冶店・濱田屋とあり、大昔聞いた歌謡曲の中に「粋な黒塀、見越しの松に粋の姿の洗い髪、死んだはずだよ お富さん、、、、、、玄冶店♪♪」何とも江戸情緒豊かな歌詞ですが、子供の頃、小学生がこの歌を口ずさんでいました。まさか目の前に“玄冶店”が現れるとは思っていませんでした。玄冶店とは検索すると、幕府お抱えの医師、岡野玄冶の屋敷跡を指すようです。
浜町、人形町は何とも江戸の香りを今に残すお店が数多くあり、1日いても飽きない町でした。友人に感謝です。
 

2022年05月23日(月)更新

田中敬子様(力道山の奥様)

先週の土曜日の午後は歌手の佳山明生さん(氷雨)のショーがありました。会社のコンサルをお願いしているISKの飯塚先生の知り合いということもあり、伺ってきました。
広い会場が満席となり、佳山さんの歌とお話しを楽しんでいたところ、先生が「今日のお客様に力道山の奥様がいます」という声が聞こえてきました。亡くなった母親から力道山の奥様は長兄の小学校時代の同級生という話はよく聞いていました。更に力道山の奥様(田中敬子様)と兄が10歳の時、神奈川県の健康優良児にそれぞれ選ばれたことも聞いていました。
歌の合間に田中様の席に行き、この話をしたところよく覚えていらっしゃいました。むしろ健康優良児の話は田中さんから切り出されました。兄の事も思い出されたようです。
田中様は現在、色々な所で社会貢献なさっている方です。倫理法人会の講師もお務めになっているようです。家に戻り、早速兄たちに話しました。

 

2021年11月10日(水)更新

友、故郷へ

仕事にけりを付け、故郷へ戻る人と昨晩お会いました。

その道50年、社会で立派な仕事を成し遂げ、多くの若い後輩を育て、申し分のない人生を歩まれ、今日に至りました。実に素晴らしい生き方です。更に仕事を辞した後、故郷へお帰りになるお気持ちはどんなものでしょう。伺えばいくつかの趣味もあり連日5キロの道を歩いているそうです。お国へ戻られても何の心配もないのでしょう。

私の場合、故郷は両親にとっての故郷であり、子供のころ遊びに行ったことしか思い出すことができないものから見ると、小・中・高校と故郷で暮らされた方とは比較になりません。今朝早く、家内と話しましたが、結局のところ、どこかに旅行にでも出かけようと言うことになりました。私の場合、これからも仕事を続け、さらに7月から保育園の理事長の職を頂き、仕事を辞めることなど何も考えていないものから見ると実に素晴らしい出来事です。

さらに仕事面で挑戦する気持ちしかないものから見ると、故郷へ帰るとは単に帰るのではなく、今までの人生を全て抱えて戻るのでしょう。そして、新たな生活を始めることのお気持ちを考えると、素直にうらやましい気がしてきます。
 
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