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2021年09月01日(水)更新

当事者と傍観者

月初朝礼での話です。

我が社を取り巻く環境はコロナを始め、原材料値上げ等内外の様々な出来事が起こり厳しさを増してきました。

さて今日は当事者と傍観者の話をします。
天下・国家の問題は、自分とはほとんど関係なく第三者の立場で客観的に、つい見ていないでしょうか。菅首相の事などまるで傍観者のような印象で話しているときがあります。しかし私の申し上げたい事は、自分を取り巻く環境の中でほぼすべての出来事に対して傍観者ではあり得ないということを申し上げたいのです。
私たちは仕事場や家庭の中で、子供たちは保育園や学校の中で、さらに地域の中で、更に広く東京都の中で、日本の中で、更にアジア、世界、宇宙まで含まれると考えますが、我々は違いなく家庭から宇宙までのくくりの中で、複数存在しています。会社や家庭の中に存在していることは直接理解できることになりますが、市内、東京、国家、ましてや宇宙などとなるとその関わりはほとんどなく、完全に傍観者的な立場に立つことになります。
問題なのは会社では当事者であるが、宇宙は関係ないという事はあり得るでしょうか。将来宇宙ゴミがいきなり地球に降ってくることはどうやら事実の様です。菅さんのコロナ対策は他人事なのか、そんなことはないのです。
私たちはどんな小さな集団(家庭や会社)の中にあっても国家や世界の様な大きな集団のなかにあっても全て当事者なのです。私たち会社の仕事は当事者であるが、国家の事は関係ないなどと考える思考はいささか危険であると考えています。
問題は大きなくくりの中では傍観者でいいという考えを追求していくと、家庭にあっても、仕事にあっても全て傍観者的な思考と行動になってしまいます。反対に宇宙、世界、国家の出来事を当事者と捉えてみていくと、全てが当事者的な思考へとなってきます。
反省を交えて申し上げれば、子供が育っていくとき、子育ては家内の仕事のように考えていました。当時は家庭の出来事も明らかに傍観者の様な発言、態度に出てしまっていました。
無責任極まりない、となってしまいました。仕事の現場でもそうです。仕事だけ当事者で、市の出来事は関係ないとは考えられないのです。市内の出来事を傍観者と考えていると仕事のことも傍観者になってしまいます。
仕事で見事な当事者になるためには、世間で起こる様々な出来事にも注意を払い、当事者となっていきましょう。