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2025年04月28日(月)更新

能登へ行く

現在能登へ出かける時、ほぼ新幹線行くことになります。私は東京駅から参りますが、会社の皆さんは大宮から出かけます。大宮からの方が1時間ほど時間短縮になりますから社員の皆さんの方が正しいのですが、大宮乗り換えが最近少々つらくなってきました。特に夕方に着きますと、そこから先がかなり混雑していますので、私の場合そのまま東京へ行き車で会社もしくは家に帰ります。

もっとも新幹線のないころはほぼ飛行機でした。羽田から1時間です。羽田までの半分で着いてしまいます。そこからレンタカーで志賀町へ移動しました。コロナ前また私が良く利用したのは「のと里山空港」でしたここには乗り合いのタクシーがあり、予約していると工場まで連れて行ってくれます。この方法は今でも生きています。

前知事も機会あるごとにこの空港を利用するよう勧めていました。また知事ご自身もこの路線の利用をしていたようです。新幹線がすっかり東京への足となり、のと里山空港が忘れられることになりました。しかしそのままではまずい事情が県にはありました。それはのと里山空港へ行く飛行機の搭乗率です。ANAとの約束で確か6割を下回るとその分県が負担し、それを上回ると県に戻しがありました。県の負担は極力避けたかったからです。
前知事は当然それを御存じで東京に行く人たちに兎に角、新幹線めどは立っているので乗車はそこそこにして、のと里山空港の利用を呼び掛けていました。不便なのはのと里山空港までの道のりが金沢駅より遠い事です。それでも県の負担を減らすために皆さんのと里山空港を利用しました。
この空港は東京能登間午前・午後1便です。能登へ来られる旅行者のために条件はありますが、各市町が補助金の制度を持っています。出かける時は利用するのがいいと思います。

5月の連休明けには工場の外装も終わり、一連の工事が終了します。その日に合わせ出かけるつもりです。今回迄は新幹線とします。
 

2025年04月21日(月)更新

能登地震のその後

今朝早くNHKの放送で能登の輪島塗の最終工程を担当する塗師の男性が出ていました。
仕事場と自宅を兼ねる建物が昨年の地震で家がつぶれてしまいました。幸いご家族は無事の様でしたが大事な作品は壊れてしまいました。この方は店舗も持ち自分で作った輪島塗を店舗で販売もしていました。今回の地震はそれらも一部を除きダメになってしまったと話されていました。お聞きすれば18年前の輪島の地震の時にも家が壊され、作品も壊れてしまい、今回の二度目の地震に合い、すっかりやる気をなくされ引退を考えるようになったようです。然しボランティアの皆さんが懸命に壊れた家から作品を取り出してくれたことで、一部の作品は残り、もう一度やる気がでてきたと話されていました。ことによると輪島、珠洲の皆さんは同じ様な気持ちで生活されているのかもしれません。

確か18年前の地震は能登自動車道を寸断させました。丁度そのころインパックの工場を羽咋郡志賀町に作るところでしたので月に二度ほど出かけていました。二、三か月で自動車道は整備され車の往来は可能になりました。私は能登空港におり、レンタカーで志賀町へ出かけておりました。この時は志賀町の工業団地はほぼ被害がなくインパックの計画は無事に進めておりました。この時の地震から2年半後工場は出来上がり、稼働させることが出来ました。
それから15年が経ち昨年の地震となりましたが今回は志賀町も例外ではなく震度7が工業団地を襲いました。インパックも懸命な復旧作業を行い、昨年3月には生産が可能となりました。勿論、外壁や内装は壊れたままでした。内装は昨年の内に、外装は来月出来上がります。また、地震の頃自動倉庫は無事でしたが、結局入れ替えが必要になりました。これは来年の1月の仕事になります。ほぼ来月で終了ですが自動倉庫は来年1月となり、完全復旧は結局二年がかりとなりました。
 

2025年02月26日(水)更新

能登の雪も終わりに近づく?

今朝出社したに私の机の上にマイクロ胡蝶蘭の1本立と2本立の商品が置いてありました。どちらもチャコボールで造られています。これらは近く上市する商品ですが、いくつも咲いている花と多くのつぼみが付いている見事なものです。かなり品質も高く優れた商品に仕上がっています。とても気持ちのよい商品です。

それらを見ながら今朝のニュースは漸く雪が終わりに近づいていることを流れていました。能登半島はあまり雪が降らないことになっていましたが、今年は何度も雪がやってきました。インパックの工場も50cm、60㎝くらいは普通に降りました。おそらくそれらの雪は駐車場の北側に大きく積まれていることでしょう。何年ぶりかの光景です。
16年前の工場進出前に志賀町の方から一度工業団地を見てほしいいと言われ、16年前の二月に初めて役員四人で出かけていきました。2月20日でしたが雪が心配でどうなっているかと思い予定地に出かけましたが、雪一つなく少々拍子抜けした感じでした。町の方は「毎年こんなものですよ」
と話されていました。その時能登の雪の少なさをお聞きしました。520mの山が最高の高さでした。平均200mから300mの山が多いようです。北からの雪雲は能登半島を通り越し白山連峰や立山連峰にぶつかってその周辺に多くの雪を降らすのだそうです。その様な事から能登は雪が少ない、と言われています。一昨日能登から戻っている副社長に聞いたところ恐らく二番目の大雪だったとのことでした。それでも工場は問題なく稼働致しました。感謝しかありません。

この後一気に春の気配です。来月は桜の季節に入ります。いやが上にも明るくなって参ります。
 

2024年12月16日(月)更新

能登の事

現在、国家も石川県も能登に対して大きな力を注いでくれています。また、一般のボランティア方々も能登に対して格別の扱いを行ってくれています。更にテレビ、ラジオなども能登を扱う番組が多くあると感じています。実にありがたいことです。
多くの能登半島に住む人たちは、大きな支えを頂いていると感じている事でしょう。尤も被害の大きい人、年齢の高い人たちは様々なサポートを受けられていても心から安心するのにはさらに時間がかかることでしょう。
能登の伝統文化であり、伝統産業である輪島塗の被害は大変大きなものでした。出来上がった作品や商品、更に生産途中物の等、泥の中から探し出す場面を何度も見ましたが大変なご苦労だったに違いありません。更にそれらを磨き直し、都内へ売りに行く問屋のご夫妻には感銘を受けたものでした。

能登半島全体では170社近くの企業が廃業いたしました。インパックは好んで能登へ参りましたが、もう体も精神も能登の人間です。能登で採用した皆さんの中から役員も出ました。今回の災害を乗り切り前に進んで参ります。応援頂いた方々のためにも一層の努力を続けます。能登の皆さんには心から感謝いたします。

よろしくお願い申し上げます。
 

2024年12月09日(月)更新

切なる願い

能登には多くの人たちが訪ねてくれます。首相はじめ多くの大臣、更には天皇をはじめ皇室の方もお見えでした。現地の惨状を見て早い復旧、復興を思い、願いながら現地を見て頂きました。ある日の早朝、電話が掛かり約束した講演会に出られなくなった、と当日の朝連絡を頂いた方がいました。ジョージア大使でした。急遽能登行が決まり暗いうちから出発したそうです。各国の大使も出かけるとなると、現地での対応は大変だろうと想像がつきます。以上のような方々とお会いして少しでも心が晴れて呉れればいいとも考えています。

インパックの能登工場にも県知事をはじめおおくの県庁の方が来られました。復興庁の審議官の先生も来られました。お陰様でこのような時は報道関係の方も同行されますか、NHKに二度もインパックの工場が紹介されました。
知事からは大いに励まされ、工場の従業員の皆さんは大いに喜びました。被災後僅かの時でしたので知事の訪問はインパックと従業員にとって意義あるものでした。

また、県内各地には各県からの応援が沢山来られました。被害を受けた各役所には事務方の応援、水道局の皆さんが沢山来られました。応援体制は万全でした。市内の道路では札幌、三重都内、神奈川などのナンバーが見えました。恐らく私が見ただけですので日本中から応援の車が来ていたでしょう。そのほかにボランティアの皆さんです。また忘れてはいけないのは自衛隊の皆さんです。この様に災害に対する応援に対して感謝ばかりです。

しかしあまりに被災内容がひどく、広範囲の為、住民の方々は今までも大変でしたが、これからも大変です。9月の豪雨がもうないという保証もありません。
少なくとも能登と関わりある者として言えるのは、これ以上の地震や豪雨は来ないで欲しい、という切なる願いです。
 
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