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2024年11月15日(金)更新

フットケアはありがたい

意識的ではありませんが、靴と関係する足の事を申し上げます。

私の足は何カ所か胼胝(タコ)が出来ています。どうしても履いている靴と相性の悪いところに出来るようです。難しい字ですが形成外科の中に胼胝(タコ)専門の先生や看護師さん達がおられ我々の足の面倒を見てくれます。もう少し若いころはカッターで削っていましたが、5,6年前にはやるたび血を出してしまい、フットケア―の先生がいることを知りそれ以来二か月に一度通っています。先生は胼胝の処理と同時に爪の世話もしてくれます。
足の爪もある時から自分では難しくなりました。
身体が曲がらなくなりました。妻に頼んでみましたが、怖くてとてもできないと断られていました。無理してやろうとすると変に深爪になりこれもだめでした.

今ではフットケアの先生がいないと生活に支障が出てくる有様です。若い頃は何の問題もなく気にするところではありませんが、私もあと3年で80歳になります。歩くときは杖を持ち、二階以上に行くときはエレベーターばかり使っています。なんでも道具や先生方の手助けが普通になってきました。どこか体に変調がある時は病院へ出かけますが、足の爪でも病院通いが大事になってきました。形成外科の胼胝外来に出かけますが、大変ありがたく大いに感謝しています。

足の話でした。お詫び申し上げます。

2024年10月15日(火)更新

メダリストの影響

パリオリンピックの後、ニュースなどで目にするのはメダリストたちが日本各地で学校などを訪ね、それぞれの競技の模範演技を通して小学生たちに様ざま教えている姿を見る事があります。選手の競技もそれぞれありますが、目の前にメダリストが現れ、生徒たちに話し実際の演技を行うことは見ている生徒たちの心の高ぶりは普通ではないでしょう。単に教える事ばかりでなく、生徒たちの中にはこの事実を将来も持ち続けオリンピックに出てみたいと思うのではないでしょうか。昔からこのような企画を言う人はいましたが、中々実行されることはありませんでした。

古い話ですが、それを実践した方がいました。50年前に東京オリンピックの後、鉄棒で優勝した小野選手が「体操は子供のころからやるのが一番」と言われ日本で初めて子供たちのための体操教室を池上に開かれました。その数年前私の通っていた小学校に小野選手が来られ体操教室の必要性を話されたことがあり、私も母から500円をもらい小野さんに寄付したことがありました。15歳の時でした。その後丁重な令状を頂き感激したことを覚えています。
更に私も17歳の時池上の体操クラブに入らせて頂き。僅かの間ですが小野さんに鉄棒を教えていただきました。

この様にメダリストの存在は大きなものがあると思います。これから益々国内においてオリンピックなどで活躍した選手から影響を受ける人たちが多く出ることが期待されます。
これらはスポーツビジネスとしてどこかで結び付く気がします。

 

2024年07月12日(金)更新

豆虎:赤坂のコーヒー屋さん

赤坂のみすじ通りに一軒のコーヒーを販売する店があります。コーヒーばかりはそれぞれの好みが優先しますので勝手にお勧めできませんが、中々親切なお店です。まとめて購入するときは挽いてもらうことが出来ます。あとは一人前のドリップコーヒーもあります。このお店は正式には「豆虎 赤坂焙煎所」と言いますが、普段はほぼ豆虎で通っています。

一人用のドリップコーヒーには種類が数多くあり。最も簡単に選べるのは「パンにあう」「朝食用」などがあります。更にコーヒー好きの人のためには産地別に選ぶことが可能です。こちらは20種類以上あります。エチオピア、インドネシア、コロンビアなどです。これらは
味の目安となる「苦味・酸味・甘味・コク・香り」がグラフで表示されていることで大変選び易くなっています。この店の特徴は目瀬の狭さです。恐らく1間×2間くらいです。それなのに1/4は喫茶店になっています。とても狭く6人ほどが座れますがいつも一杯です。尤も店外でも3、4名は立って飲んでいます。

この夏、水出しコーヒーを初めて購入してみました。これが思いの外、美味しいのです。
雑味もなくかなりいけます。
またこの店は海外の方が多いのも特徴です。また、店のマスコットは軽の三輪トラック「ミゼット」です。昭和35年頃かと思いますが、よく走っていました。この店の屋号は「まめとら」ですが、ことによると小さなトラック(豆虎)はそこから取ったのかもしれません。
 

2024年06月13日(木)更新

VANジャケット

日本の戦後の服飾文化の中で輝く一人の男性がいます。石津健介さんですが私くらいの年齢の人は男女問わずご存じのはずです。1948年にVANを創業し、瞬く間に日本中をVANの渦に巻き込みました。戦後すぐアメリカントラッドの波があり、ブルックスなどを着る人もいたようですが多くの若者はVANにそまりました。1960年代は銀座に現れたみゆき族など始め、多くの新しいファッションの方向性を模索する人たちが出てきました。

私は若い頃は中々ついていけず、興味はあるけれども中に入れないような生活でした。ある時VANの店に行くと、人が多すぎてとてもは入れないほど繁盛していました。都内のVANの店は何処もそうでした。日本中がそうだったのかもしれません。石津さんの与えた影響は計り知れません。いい年になった頃、青山のVANショップへ行くようになりました。その店には石津健介さんの写真が何枚も有り、着物姿の石津さんを憧れのように見ていました。VANはなくなりましたが石津さんの影響を受けた人達は、たくさん男性の衣料を世に出していました。ある時、石津健介さんのご長男がロータリーの例会に来られ話をされていました。服飾の研究所を持たれ活躍されています。お孫さんもおりましたがVANジャケットを着こなしていました。今私の夢は半ズボンにVANジャケットを着たいと思っています。これは恥ずかしいので買っても家の中だけになります。

余計なことを沢山書きましたが、今夜VANに頼んだ背広が出来上がってきます。
 

2024年05月23日(木)更新

痛くない靴がいい!

本来靴は履くものですから、履いて歩ければそれで十分です。デパートの靴売り場に出かけると私は新宿のデパートは多く揃っていると思っていましたが、社員の話から有楽町の阪急の方が数が多く、種類も一段とそろっていると聞き一度出かけてみたいと考えています。

私は若いころから靴は重く、靴底は小石など踏みつぶせるくらいの革底の靴が好きでした。
それ故長年買いそろえた靴はそう簡単にはダメにならず、型崩れもせず元の形を保っています。おまけに趣味が靴磨きと来ていますからみんなきれいにそろっています。
しかしすっかり年を取りました。昔の靴が痛くて歩けないのです。病院で靴の中敷きも作ってもらい履いていましたがこれも最近ダメになりました。更に靴底も全部ゴムにしました。それでも痛くて歩けません。
そんな愚痴を社員の一人が聞き、この靴を履いてみたらどうかと持ってきてくれました。コールハーンの靴です。ビジネスシューズの形はしていますが革が柔らかく足を優しく包んでくれています。また靴底はゴムでできていますがいい構造をしています。歩いて本当に驚きました。全く痛みがありません。今年の冬の展示会では丸一日はいていましたが全く痛くはありませんでした。早速の同じ靴を求めることにしました。同じデザインの靴ですのでこちらも快適です。
更に最近「ジ・オニツカ」の靴を知りました。早速履いてみましたが全く痛みがなく幾らでも歩けます。これで仕事も快適になりました。

 
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