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2024年04月12日(金)更新

母の日の対応

母の日は生花店にとって最も重要なイベントとなります。インパックも一昨年までは長時間で対応してきました。JFMAでは一昨日母の日の「決起集会」ZOOM開催を会員各社で行われていました。今回は欠席いたしましたが、皆さんからの闊達なご意見があったようです。事前の話し合いは大変有効です。

各社、コンセプト作り、具体的な商品まで用意され当日を迎えるだけになっています。今最後のところです。今の段階で準備が完了していることは素晴らしいと思います。インパックも全国の御得意先様との間で様々お話し合いが行われ、あとは数量だけになってきました。

昨日ある会社に母の日のチラシを送ってほしいと頼みましたが、格別用意はなく、母の日を
特別な日と捉えていないとのご返事でした。ギフトを中心に高額商品を扱う会社としては異例中の異例です。しかし考えてみると母の日セールに参加しないということはある意味で正しい判断かもしれません。母の日明け病気で休む人もいます。病気でなくとも体調を崩す人もいます。更に言えば亡くなる方もいました。
どこかに無理があるのでしょう。より健全な計画と実行が必要です。その意味で最初から参加しないと決めることもいい結論だと思いますが、広がらないようにして欲しいです。
恐らく先ほどの会社は母の日をあてにしなくても利益目標は達成しているのでしょう。

2024年04月11日(木)更新

日本農業賞受賞

昨日、1年ぶりでしょうかJFMA(日本フローラルマーケティング協会)のイブニングセミナーが開催され、参加してまいりました。その前には理事会やアフタヌーンセミナーがあり、午後から夜にかけ終日会議などが行われていました。私は別件があり、夜の会に参加しました。
前回の参加者数が8名と聞き、久しぶりに参加することにいたしました。14名の理事の方々が参加され、様々話し合いが出来ました。やはりここには来なくてはだめだと深く反省いたしました。この日は会長の小川先生(法政大学名誉教授)スミザースオアシスの道田社長はじめ、理事の皆さんが顔をそろえていました。中でも会津から参加の菅家博昭さんにお会いできたことはうれしい限りでした。席が少々離れお話ができませんでしたが、それでもいつものお人柄に触れることが出来ました。

日本農業賞というのがあります。優れた農業者や団体に与えられる価値のある大きな賞です。菅家さんの参加する福島県昭和村のJAよつば かすみ草部会が受賞されました。菅家さんは昭和村の昔はたばこ生産が多かった地域にかすみ草の栽培を始めました。会津若松から出かけると昭和村に入るあたりからかすみ草栽培のハウスがあちこちで見られます。菅家さんは現在かすみ草栽培を日本でも有数な産地にされました。勿論菅家さんに協力された多くの生産者の方々がおられました。
私も何度か昭和村へ参りましたが、最も印象深いのは昭和村での「かすみ草サミット」でした。国内産地、海外の種苗会社からの参加がありました。国際会議でした。この会議の運営には村内の生産者の皆さんが担当されていました。今でも思い出深いサミットでした。
 

2024年04月10日(水)更新

園児の作るミニ観葉

来月には母の日がやってきます。
この日ばかりは生花店の店頭は母の一色になります。量販店でもカタログ販売もありますが、店頭売りも数多くあります。

市内の保育園では母の日に合わせチャコプランツを作り、お母さんにお贈りする企画を立てています。確かにチャコプランツの制作は園児の皆さんにも簡単に出来ると思います。ガラスとチャコボール、苗を用意すれば、後は水だけす。経験的には大人でしたら5分ほどの時間で大丈夫です。

園児の皆さんが先生方のご指導の下、容器を持ちその中に半分ほどチャコボールを入れ苗を指して、再度チャコボールを入れ仕上がりとなります。あとは水を入れるだけとなります。
育てる過程でだめになることはほぼ無いでしょう。100%活着します。
お母さんに差し上げる時、きっとお母さんたちは驚かれます。切り花のプレゼントは何度もあったでしょうが、鉢植えのプレゼントは少ないと思います。まして、子供の作った鉢植えのミニ観葉です。どこに飾ってもおかしくありません。

大事に育って欲しいと考えています。

2024年04月09日(火)更新

ジェノサイトから30年

昨日は青山にある国連大学のルワンダのジェノサイドから30周年のセレモニーが開催されました。大使と参事官に迎えていただく中、アフリカの多くの大使、日本からは外務省政務次官をはじめ関係者、NHKはカメラが入っていました。厳かな中で追悼の式典が行われました。
駐ルワンダ日本大使、日本ルワンダ友好協会、外務省の政務官などの話が続きました。
恐らくルワンダの皆さんは30年たったという実感を胸にこの式典に参加されていたのでしょう。
今から30年前、約四か月にわたりルワンダでは殺戮が繰り返されていました。犠牲者の数は100万人と言われています。
その間、連日テレビ報道では事件を繰り返し放送していました。50歳以上であればこの事件は深く胸に刻まれています。私はルワンダ大使館から信頼されている西田(常務)と共にこの時間と場所を、多くのルワンダの人と共有いたしました。
現在のルワンダは世界でもトップクラスの女性の活躍する国となっています。また、産業面でもアフリカの軌跡と言われるほど発展が続いています。ジェノサイドからの脱出がこの国の共通の目標だったのでしょう。今は見事に花開いています。

私は二度とジェノサイドを繰り返さない誓いを胸にこの場を後にいたしましたが、イスラエルのパレスチナへの侵攻などを見ると一体どうなっているのか、同じことが繰り返される現実に苦しさを感じながら会場を後にいたしました。
 

2024年04月08日(月)更新

能登の復旧状況

先週末は二つある会をキャンセルいたしました。のどの痛みと咳が止まりませんでした。金曜の昼過ぎからルゴール液でのうがいを続け二日にわたり、家で寝ていた関係ですっかり良く成りました。このまま悪くなると困ったことになりましたが、昨日の夜行われた孫娘のダンスの発表会には間に合いました。

能登の話です。輪島市、珠洲市の復旧は水道が完全に戻り、被害にあった方々はきっとお風呂にも入れるようになった事でしょう。それでもまだ家に帰れない人が数多くいます。これから多くの住宅を作り一旦そこで暮らされることになります。同じ能登半島でも地域により大きな差が出てしましました。先日昔の友人から能登の畜産業はほぼ壊滅状態の話をお聞きしました。確かに小規模の方も多く、今回の地震では大きな被害を受けてしまいました。伝統産業も未だ回復していません。様々な協力体制は取られ始めましたが、本当の復旧はこれからだと思います。アッという間に3か月が過ぎました。

インパックの工場は志賀町にありますが、ここでも多くの県外の市から町役場に多くの人が手伝いに入っています。水道局の人は岡山から入り、他にも静岡などからも来られています。志賀町も3月には水道が普及し、生活が元に戻り始めましたが、住宅の復旧はこれからです。暫くの間、今の生活が続きます。

インパックは漸くシャッターの修理が始まりました。外との関係性からも1日も早い復旧をお願いしていましたが、漸く始まりました。
 
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