大きくする 標準 小さくする
前ページ

2022年06月30日(木)更新

ガビチョウ(画眉鳥)

毎朝、鳴いています。美しい声に毎朝聞きほれています。泣き始めるとかなり長い間鳴き続けています。今朝はよほど近かったのでしょう。きれいに澄んだ声はすぐそばで聞こえてきました。

ガビチョウ〈画眉鳥〉の姿はその名の通り、目の周りが白く囲まれていることに依ります。スズメより一回り大きな鳥で街の中にも飛んできます。東大和周辺のガビチョウは青梅辺りから飛んでくると言われています。ガビチョウの故郷は中国です。かごに入れられ売られています。きれいな声で鳴くガビチョウはたくさんの日本人に買われました。きれいに鳴くのですが近くで聞くととても大きな声故、飼い主がどうやら放したのです。それがいつしか広がっていきました。

ガビチョウは鶯などの鳴きまねも上手な様です。上手に歌えない鶯に時々出会いますが、あれはガビチョウかもしれないと一人思っています。
 

2022年06月29日(水)更新

国家の役割

物価の問題は深刻です。

現在石油関連の原材料は2年前から見ると30%以上上がっています。そこに円安が追い打ちをかけ、20%以上為替だけで調達価格が上がったことになります。50%以上材料費が上がりました。

少々ひんしゅくを買うのを承知で申し上げれば、物価上昇のいいチャンスでした。物価が上がり問題なのは収入が上がらないからです。双方バランスがとれていれば誰からも苦情は出ません。20年前のヨーロッパ恐らく2年ほどで物価が倍になりました。具体的には1ギルダー(オランダ:65円)、1マルク(ドイツ60円)が単純に1ユーロ(当時120円)になりました。ホテル代もタクシーも食事代もどんどん上がりました。当時イギリスで買ったビックマックは800円でした。

申し上げたいのはヨーロッパで出来て、日本で何故出来ないのか、牛丼が300円台、世界で一番安い昼食と言われ喜んでいますが、これは喜ぶ話ではなく悲しむ話なのです。

直接関係する花き業界も生産者の廃業が続いています、花の価格が末端で上がらないのです。思い切って言えば物価の安さが日本を壊していきます。

現在日本では政府もメディアも保守から共産党までみんな値上げは悪です。この環境を変えるのは政府です。更に言えば財務省はこのままでいいと考えているのでしょうか。ここは国家の危機ととらえ、改革を進めてほしいものです。

 

2022年06月28日(火)更新

6月の梅雨明け

何か水不足が不安です。政府の電力不足の話もかなり説得力があります。電力は完全に供給側と消費側のバランスが崩れているようです。個々人で出来ることはやらないと大変な事態になるかもしれません。

過去において長梅雨の年がありました。おそらく30年くらい前でした。8月が終わろうとしているのに雨がなく、ついにお米の収穫量が激減し、タイ米を緊急輸入する事態でした。私のところもついに家内がタイ米を購入し食べていたことがありました。確か香のあるお米でした。
私たちがタイ米を食べていたころ、一部のお米屋さんは自宅の部屋に大量に国産の米を確保し、高い値段で販売していた、との話を聞いたこともありました。異常気象は様々な影響を与えるようです。

今年は反対に雨が降らず、高温が続く事態ですので政府が慌てるのもよく分かります。
私たち国民が安全に暮らしていく為にも、私たちは出来る協力はしないといけないですね。

また、高温が続くことになるとお盆、お彼岸の花はどうなるのでしょう。価格が高くなる、安くなる、品物が足りる、足りないなど心配の種は尽きません。
 

2022年06月24日(金)更新

挨拶と返事

昨日の午前中、近くにある関係する保育園に出かけていました。
私の顔を見ると「理事長先生、おはようございます!」と元気の良い挨拶があちこちから聞こえてきます。

挨拶をする際は、立ち止まり、相手の目を見て軽く頭を下げながら大きな声で「おはようございます」「こんにちは」などの挨拶をしましょうとよく話します。しかし大人になると「立ち止まって」はいつの間にか省かれ、「目を合わす」こともなく、小さな声で挨拶をするのがいつの間にか普通になってしまいました。

保育園に出かける度、反省しています。また、保育園の皆さんは誰でも挨拶が出来ます。つまり子供の時は出来ているのに大人になるとできなくなるのです。どこかがおかしいようです。普通は大人にできて子供が出来ないことが多いのですが、挨拶だけは例外です。園児の皆さんは挨拶だけでなく、返事も見事です。大きな声での返事は気持ちよくなります。大人は返事が出来なくなりました。恥ずかしい、分かっている、など理由はあるでしょうが、もう一度挨拶と返事を見直すことにします。

戦いの中で点呼し、返事のない場合、それは死んだものとして扱われるそうです。戦の中では探している暇はないのです。とすれば返事は命そのものとなります。

挨拶と返事は園児の皆さんが先生となります。
 

2022年06月23日(木)更新

白鳥入蘆花

これは禅語の白馬入蘆花を下村湖人が白鳥に書き換えたと聞いています。次郎物語が好きな私は「白鳥入蘆花」の方にすっかりなじんでしましました。

辺り一面真っ白な蘆の花の中に、一羽の白鳥が舞い降りる姿を想像しただけでも心が洗われます。蘆の花は多少揺れるでしょうが、白鳥がどこにいるか瞬間で分からなくなります。つまり花を揺らした元は誰か分からないのです。自宅には10年ほど前、下村湖人の生家を訪ねた折、そこを守っておられるご老人から頂いた書の写しを飾っています。

おそらくこれは湖人の人生観なのでしょう。勿論出来るわけはありませんが、私もその精神を受け継ぎたいと考えています。蘆花は間違いなく白鳥が舞い降りたところを中心に波の様に揺れ広がっています。鳥はどこにいるかも分かりません。しかし明らかに花はそこを中心に広がっているのです。

私の場合、つい黒鳥入蘆花のようになってしまいますが、人生の最後に一つ、世の中に役立つ仕事を白鳥入蘆花のごとく行いたいと考えています。
 
«前へ