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2025年04月11日(金)更新

伊藤和夫さんの思い出

私はどれだけの人にお世話になったか分かりません。仕事関係で言えば実に多くの方にお世話になりました。最近になって感謝する方の氏名を書くように薦められ、現在活躍中の方や亡くなった方も含め毎日手帳に書いています。書いているうち気が付きましたが、明らかに会話をしている気分になります。これは発見でした。今はこんなことをしています。などと声を出さずに話しています。これをお薦め頂いた方にも感謝しています。

私は24歳の時に包装資材の営業を始めました。初めて伺った会社にオーヤマ照明(現オーデリック)様がありました。三回目の訪問で照明器具を入れるポリ袋を全量受注することが出来、受注を頂いては納品のため工場に出かけて行きました。ある時私が工場の倉庫にポリ袋を納めていると社長とばったりお会いしました。その時、社長に「何時まで配達をするのか、いつまで問屋をやるのか」と聞かれ、少々面食らいました。社長は「あなたが袋のメーカーにならないといつか取引を辞めなくてはいけなくなる」。昔の話ですが間接税(今の消費税の様なもの)導入の時でした。結局間接税は廃案になりましたが、社長はいずれ問屋を相手にしていては高いものを購入することになるので「早くメーカーになりなさい」と言うのでした。この時を機にいろいろ教えを乞うことになりました。それから20年経ち、中身を照明器具から花に変え、能登に工場を作りました。今では花の袋のシェアは50%程を頂くところまで来ました。スーパーマーケットで販売される花の約半分が私共のスリーブに入れられています。
社長から言われた「メーカーになりなさい」を忘れたことはありませんでした。38年前、スーパーマーケットで販売される花を入れる袋は国内にメーカーが有りませんでした。僅かの間オランダから輸入していましたが、生産を決意しました。メーカーは簡単ではありません。問屋の時の何倍も考えることがあります。それでも多くの社員に恵まれ、今日も袋を作り続けています。お世話になった方は照明器具専門メーカーでは国内トップメーカーのオーデリック社長の伊藤和夫様です。

後日談ですが、伊藤社長は膵臓を患い三鷹の大学病院に入院されていました。私も同日同じ病院に入院し、検査室でばったりお会いしたりしていました。「私がここにいることは他言無用」と言われました。その後伊藤社長はお亡くなりになり、暫くした後、私は手術を終え退院致しました。伊藤和夫社長には心からの尊敬と感謝をしています。伊藤様の数々の言葉は今でも心に響いています。

 
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