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2024年04月02日(火)更新

入園式

昨日は三ケ所の保育園で入園式がありました。三ケ所で合わせて約100名の園児が新たに入園されました。
どちらの園も先生が事前に様々準備され、当日の朝はみな忙しく園児と保護者の皆さんを迎えていました。本来園の前は狭山公園の桜が咲いている時でしたが、三園ともに近くの桜はもう少し先になる様でした。それでも保護者の皆さんは入園に合わせた洋服を着た園児の皆さんを連れ入園式に来られました。全員笑顔です

三園の中には在園の5歳児の皆さんが入園される園児の皆さんに首からメダルをかけてお祝いしていました。また、卒園された皆さんと入園された園児はほぼ同数ということもあり、園児の数が大幅に減ることはなく安心しました。これからの日本は園児の数が大幅に減る方向になります。その意味では保育園経営はむつかしい時期に入ります。

私たち立野みどり福祉会は園児の皆さんと保護者の皆さん(CS)、更に職員の先生方(ES)、外部の先生方(音楽、体操、英語など)や取引先の皆さんとのパートナシップ(PS)、また地域の方々、行政の皆さん(SS)とがより楽しく関係性を持っていただきご満足いただけるように努力してまいります。

昨日はその第一歩となりました。
 

2024年04月01日(月)更新

全社朝礼

昨年度インパックは大きな地震に見舞われ甚大な被害を受け今日に至っています。地震当初、能登の金剛さんはじめ従業員の皆さん、本社から出かけた専務、副社長方の努力によりインパックは1月末までに発送業務が、2月15日には製造部門が立ち上がり、大きな痛手を被りながらも再開することが出来ました。しかし建物の被害は今後に任せるところです。
再開は今後の大きな課題となりますが、建設会社との関係性、国家、町役場の関係性も手続きを含め大事な仕事となります。

さて、新年度は第10期中計の初年度でもあります。また創業以来88年目を迎えます。大きな節目を迎える中で私たちは更に大きな創業100年を目指すことになります。しかし創業100年は並大抵の努力では自分の物になりません。自分の物とは単に100年を迎えるということではなく、インパックが100年を迎える企業にふさわしいかどうかです。勿論外に向かっては「ドメイン・事業内容・業績」がそれにふさわしくなっているのか、更に言えば見えないところの企業品質が100年を迎える企業であるのかどうかです。あと13年の間に私共が描くインパックにするという大仕事が待っています。
インパックが今やることは小手先の事ではありません。
それは100年企業にふさわしい原則を作るべきです。ビジネスにあっては経常利益率・自己資本比率、自己資本利益率、これらはすべて数字で決められます。社長はじめ役員でインパックの基準を決めていくことが重要です。
更に大事なことは我々一人一人の考え方と行動です。一言で言えば「徳積」です。常に徳積を心がけ、世界の為、世の中の為等「人のために生きる事」と。「正しい道」を常に進む事をモットーに仕事をする人間の集団にインパックはならなければいけません。
まずは2026年の90年、2036年の100年に向け、更に今から100年持つ企業を目指し日々努力を繰り返しましょう。

申し上げたいのは100年続く企業には自然にそれなりの「格」が生まれます。常に決められた利益を出し続ける事とそれらを支える人の道の両方を同時に進めていきましょう。更に最も重要なことは従業員の幸せです。同時に進めていきましょう。
 

2024年03月29日(金)更新

一層価値ある啓翁桜

先週から今週にかけ、桜の開花の話が出ない日はありません。初めの開花予想から見ると二週間近くがたってしまいます。昨日の話では九段の基準木は4輪咲き、あと二輪で開花宣言となるようです。

昨晩東京紀尾井町ロータリークラブでは桜の会(観桜会)を開催いたしました。3月初めは29日といえば間違いなく満開の桜を見られると、メンバーの皆さん期待をしていたに違いありません。ところが昨晩の雨、桜の開花はまだまだ先になるようです。尤も多くの仲間が集まり部屋の中での観桜会は食事と話で初期の目的は十分果たされたようです。十分に楽しい会でした。

また、最後に啓翁桜を二本頂き皆さん家路につきました。桜の会で桜が見られず残念なことではありましたが、啓翁桜の花を見て喜ばれていました。清水谷公園の桜が見られない分啓翁桜は一層価値のあるものになりました。
東日本板橋市場の樋口社長もメンバーですが、水揚げの方法などいろいろ教えていただきました。樋口さんありがとうございました。
 

2024年03月28日(木)更新

魚(さんま)の食べ方

昨晩、保育園の前理事長に園長先生方(私も含)が食事に呼ばれ、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。園長先生と前理事長とは長いお付き合いがあり、園長先生方は懐かしさもひとしおであったことでしょう。2年半ぶりの事でした。皆さんのお話は2年半の間を忘れるように様々なお話が飛び交っていました。素晴らしい関係性です。

少し食事の会とは離れますが、魚(サンマ)などの食べ方の話があり、そこにある種の興味を抱きました。
魚の食べ方は果たして人間の性格に関係するかどうかです。魚は人によって様々です。特に骨付き、わた付きのサンマは本当に人により異なります。最後は本当に頭と骨だけ残りあとはきれいに食べる人、同じように全て食べるが骨とわたを残す人、更に同じように全て食べていますが、何が全体に身がバラバラに残す人、いきなり、身だけをつつきながら食べ、多くを残す人など様々です。
果たしてその姿と人の性格とが一致するのかどうか面白い話です。私はきれいに食べる方ですが、本当にきれいい食べる人から見ると、合格点はいただけません。最後は少々面倒になってしまします。身があちこちに散らばってしまいます。最も好き嫌いもありますから一概に判断はできないでしょう。

私の場合面倒になってしまう性格はそのままサンマの食べ方に出てしまいます。最近はサンマを沢山頂くことが出来なくなりましたが、時期が来たら試してみるつもりです。
 

2024年03月27日(水)更新

創業90年まであと3年

お陰様で、インパックは87年目を迎えています。戦前に横浜の保土ヶ谷で飴の製造を始めました。戦後の1945年以降は甘いモノ不足から大変な売れ行きであったようです。その後ブームも去り、横浜でも飴の製造業の多くは衰退し、今では東京の目黒に戦前から続いている会社が一社あると聞いています。
その後、仕事を大きく変えて製紙原料の回収をきっかけに包装資材の分野に入り、食品包装から生花包装へと姿を変えてきました。特に食品包装は面白く興味はありましたが、食品包装のメーカーは東洋製缶、凸版印刷、大日本印刷、藤森工業といった企業がすでに業界のすべてを抑えている状況でありました。1987年大きな転機を迎えました。専務はアメリカに行き量販店の花売り場をくまなく見てきました。副社長は当時300社以上あった国内の生花卸売市場で大手生花店の全てを把握してきました。私はオランダの花の卸売市場へ行き、市場内に200台ほどあった加工機械で花束を作り、量販店に収める現場を見てきました。その中にはアメリカへ輸出する加工メーカーもありました。会長は従来の仕事を守ってくれていました。それ以降、私たちは一気に花の業界に身を置く様になりました。当時花のセルフ売り場は一店舗もありませんでした。最初の店舗はダイエーの碑文谷店が同じ年に出来ました。
当時販売用の切り花の包装資材を作る企業は一社もなく、初めはオランダからの調達を行っていました。その後、製袋機を入れ、スリーブ(花袋)の国内生産に入り現在に至っています。販売場面での切り花の市場はこれから更に変化するものと思われます。切り花の加工メーカーは更なる自動化へ向かいます。どうしても規模が拡大します。また、鮮度保持も重要です。生産から加工までの温度管理が益々大事になります。更に店頭での新たな商品作りです。
以上の様な変化の中でインパックはそのすべてに関われる様に活動を続けて参ります。
お陰様で来期から始まる中計の最終年度が創業90年になります。
 

 

2024年03月26日(火)更新

切り花のサイズ

切り花世界の中で量販店の果たす役割が益々大きくなってきました。

花にあって、特に菊の分野では70cmの花を生産することで加工メーカーでの廃棄をより少なくし、無駄をなくしていこうという動きが出てきました。実際その動きが重要なのでしょう。
ヨーロッパでは恐らく60億本のバラが販売されています。その中で40cm(30㎝から50cm)のバラが販売の多くを占めています。現状多くは飛行機での輸送となっていますが、船での輸送も次第に増える傾向があります。申し上げたいことは平均40cmのバラの販売先はほぼ量販店です。イギリスでもオランダ、ドイツでも、フランスでも北欧でもそうです。つまり、既に出荷段階で量販店が求めやすいサイズのバラが東アフリカ各国(ケニア、エチオピア、タンザニア、ルワンダなど)から輸出されています。そのバラは店頭に並び、購入する皆さんが家でほぼ切ることなく、花びんに挿すことが出来ます。つまり手間いらずなのです。家庭にある花瓶は洋の東西を問わず、20cm~25cmが多いのです。そうであればバラのサイズは平均40cmが最適なのです。
申し上げたいことは量販店店頭でどのような花が、どのようなサイズを欲しているのかに合わせ生産されています。

このようなことは国内にあっても同じことが言えます。生産者の皆さん、市場の皆さんの役割が益々重要になってきます。
 

2024年03月25日(月)更新

塊根植物

塊根植物

始めて塊根植物を見たのは今から15年ほど前、オランダの展示会でした。当時は一社だけで余り広がりはありませんでした。昨年11月出掛けた時は数社出ていました。観葉植物は現在でも根強い人気があり、確実に定着している感がありますが、塊根植物は趣味の段階から漸く広がりを見せ始めてきました。多肉はその意味では趣味者の皆さんの中で好まれ、その方々だけの珍しいものがあり、一般にはホームセンターなどで手に入るものもあります。
私の関心はそれらの植物がチャコボールと相性がいいのかどうかに限られますが、チャコボール開発者の加藤さんは様々な植物の確認は済んでいますが、多肉はほぼ大丈夫との結論が出ています。今回の塊根植物はこれからの結論ですが、社内で育成している限りは全く問題がないようです。
塊根植物はアフリカ原産が多いようです。有名なところではマダガスからの輸入の様ですが、インパックの場合、ミニ観葉の流れですので小さなものを探しています。普段見る植物と姿が全く異なる姿の塊根植物は見ていても飽きることがありません。



 

2024年03月22日(金)更新

園児高尾山に登る

昨日朝九時すぎに震度4の地震が東京にも来ました。そのころ関係する保育園の4歳児、5歳児の皆さんは高尾山へ向かっていました。保育園の園児の皆さんが楽しみにしていた遠足です。

高尾山は手軽に都内の人たちがでかけることが出来るハイキングコースです。何年か前にミシュランに載ったこともありました。そのころ高尾に行きましたが、海外の人の多さに驚いたものです。標高599mの高尾山は都心からでも1時間で着き、毎日毎週登りに来る人達も多くいます。その意味では安全に登る事の出来る山です。
今回はそこに園児の皆さんが元気に上りました。聞いてみると多くの周辺の保育園では遠足にここを利用することが多いようです。谷里保育園などは現地までバスで行き、そこから山頂まで全員で歩きます。その様子を昨日伺いましたが1時間半ほどで登ったようです。僅か4歳児、5歳児の皆さんが山に登る姿は目に浮かぶようです。全員頑張りました。
先生方もご苦労だったことでしょう。

きっと皆さん頑張ったのでしょう、帰りのバスでは全員爆睡との事でした。まずは無事に戻り安心しました。
 

2024年03月21日(木)更新

自由な想像力

お能の特徴の一つは舞台上にはほぼ何もないといったとことでしょうか。見る側の想像力が問われる舞台だともいます。今月一度歌舞伎座に参りましたが、これでもかといった具合に舞台が移り変わり、驚くほどの精巧さで舞台が作り出されます。見る側は話の筋を一層分かり易く理解することが出来ます。

その意味ではお能の場合は言葉もわかりづらく背景もないことから、余程理解している人以外お能という舞台芸術を単に見ているということになってしまいます。これらの解決策は見る回数を重ねるしか(お能千番:黙ってお能を千番見ましょう)言いようがないようです。さらに言葉が聞き取れるようになってくると今度は言葉の意味や、その場所の意味など更に理解を深めなければいけない事が次々出てきます。


私の場合、それでも出かけていくのは700年続く舞台が当時とほぼ変わらぬ姿で目の前で演じられている事実の重みです。確かに衣装は豪華になって来た様です。また演じられる時間も随分長くなったようです。舞台衣装の中には足利将軍や秀吉から賜ったものもあり、時にそれらを身に着けることもあるようです。このように、長い歴史の中で変わらず能舞台で演じられる姿そのものが貴重なことだと考えています。


私は理解を深めるために舞台に通いますが、それを補完するためにNHKの「FM能楽堂」とFM鎌倉の「お能への誘い」をよく聞きます。また、ユーチューブ等のお能は参考になることがたくさんあります。


早く舞台上の事柄が目の前に浮かぶようになりたいと考えています。
 

2024年03月19日(火)更新

和倉温泉の存続

先週末に東京駅までほんの数分のところに石川県のアンテナショップがオープンし、岸田首相まで店舗に来られ大盛況でした。私はその前日内覧会があり出かけて参りましたが、今回の能登半島地震の後ということも有り、内覧会も多くの人で賑わっていました。

今回の地震は北の方、輪島、珠洲市が大きな被害が出ています。インパックの工場のある志賀町も震度7がきました。更に志賀町の南に位置するかほく市、内灘町なども被害が出ています。更に西側の穴水、七尾市なども同じように被害が出てしまいました。有名な和倉温泉は大きな宿が22カ所ありますが、現在そのすべてが利用できないことになっています。ほぼ手を付けていません。

石川県にとって和倉はとても大事な観光資源です。地域の商工会議所の会頭であるスズヨの会長は自らの工場四カ所も大きな被害を受けていますが、和倉再興のために連日その存続のために働きかけを国に行っています。今回の被災に対して国家は3/4の補助金を決めています。それも上限15億円です。しかし和倉のホテルはどうやら100億円でも足りないようです。スギヨの会長は商工会議所の会頭として補助金の増額を願い出ているのです。

自分の会社は役員に任せ、和倉存続のために努力を続けています。素晴らしい方です。

 
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会社概要

2018年インパック株式会社(事業会社)の代表取締役に守重へきろう就任 IPホールディングス株式会社(持株会社)設立 代表取締役に守重知量就任 2016年花の鮮度保持管理コンサルティング会社 フラワーウォッチジャパン株式会社設立(子会社) 2014年東京オフィス本社移転...

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